38歳2児の母です。セックスは好きでもSMにはまったくもって興味がなかった私がドMマゾ奴隷になったきっかけについて話そうと思います。それは半年前、知人に誘われてスーパーでパートをはじめたことがはじまりでした。そこの上司が今のご主人様です。

ご主人様との出会い

私のご主人様は29歳の管理職、1年ほど前転勤でこのスーパーに移ってきたと聞きました。物静かなタイプなので勤めてからもあまり会話らしい会話をする機会もなかったのですが、入社後1か月ほどした頃、私を含めた数人の歓迎会が行われ、帰り道がたまたま一緒だったため二人でしばらく歩いた時が初めてのまともな接触だったと思います。他愛もない世間話をしてその日は別れたのですが、どこか物憂げな様子に、もっと彼のことを知りたいと興味を覚えました。

下の子も中学校にあがり子供にさほど手がかからなくなってきた時期でした。主人とはもう数年セックスをしない関係でしたが、家族や親類の手前夫婦円満を装っていたのは事実です。ほどなくして連絡先を交換、仕事の合間やちょっとした時間に相談にのってもらう関係に。ご主人様にも家庭があり申し訳ないと思いながらも日々旦那の愚痴をこぼしてしまっていました。

ご主人様に食事に誘われたのはそんなやりとりが3か月ほど続いた頃でした。思えば既婚者同士が食事に行くことに違和感がなかったわけではないですが、その頃には日に何度も連絡を取り合う仲になっていたのでお互いにとってはとてもスムーズな流れでした。早番で日程を合わせ、職場で変な噂が立たないように退勤後、最寄り駅までご主人様に車で迎えに来てもらうことになりました。

今となっては全てが言い訳にしかなりませんが、ある意味何も考えてなかったのだと思います。学生時代のデートのように只々ご主人様との食事を楽しみに、また私の失いかけていた女の部分が認められているような高揚する気持ちでいっぱいでした。

M属性の目覚め

「相談に乗ってもらう」という建前はどこへやら、個室状のお店だったこともあり時には手に触れてみたり、好みの女性のタイプからセクシャルな話題まで堰を切ったように話し続けていました。ご主人様は終始優しい笑顔で話を聞いてくれたことも私が舞い上がってしまう要因だったと思います。そこから車でホテルに向かう流れもある意味とてもスムーズでした。

お互いシャワーを浴びベッドでご主人様を待っていると、彼は持参したバッグから何やらいろいろな物を取り出してきました。それは目隠し用のアイマスク、口枷、緊縛用の特殊拘束具などのSMグッズでした。初めて見る用具の数々に驚いていると、「僕はこうしないとエクスタシーを感じられないんだ」と優しい手つきで私にアイマスクを装着しました。「え、え、え?」と困惑を隠せない私に対してご主人様の声はあくまで冷静に「大丈夫」「怖がらないで身をゆだねて」とあくまでソフトに、私を安心させることに気を配りながらも、手足の拘束具をはめ、私はいつの間にか四つん這いの状態に。

「は、恥ずかしい、、」「お願いします、これを外してください、、」恥ずかしさを隠すようにしゃべり続けましたが、そんな言葉とは裏腹にこれから起こるだろう行為を期待した私のアソコは異常なほどに濡れていました。

「僕の思った通りだ」「アナタには奴隷の素質があると思っていたんだ」
私の興奮具合とは正反対に落ち着き払った声で語りかけます。

「僕はずっとアナタのような奴隷を求めていたんだ」「僕と奴隷契約を結んでくれるかい?」冷たい感触が腰回りに伝わりました。気が付けばパンティの大事なところにハサミがあてがわれていました。

こんなにも体が求めていることを、認めないことはできませんでした。「はい、ご主人様、、」そう答えると「ジョキリ」とハサミが通り、私の大事な部分は完全に露わになりました。恥ずかしさで悲鳴に似た声を上げかけた瞬間、

「駄目だ、我慢するんだ」。

先ほどまでとはどこか雰囲気の違う、重たい印象の言葉が投げかけられました。ああ、私はご主人様の奴隷となったのだと実感した瞬間でした。

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それから3か月、週一ペースでのホテルでの調教では緊縛、拘束、ムチ打ち、蝋燭、アナル拡張などを段階的に施され、今では乳首だけでエクスタシーに達するまでにしっかりと調教して頂いてきました。あくまでお互いの家庭は大事に、時には職場においても遠隔バイブやアナルプラグなどによる調教を施して頂き、自分の持っていた素質と性の喜びに充実感を覚える毎日です。